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【特集】"野田阪神"には何故「阪神」がつくのか?

先日、いつもお世話になっている黒田裕樹さんから、こんなリプライを頂きました。

確かに、公営地下鉄としては他社の会社名を入れた駅名にするのは、ちょっと不思議な感じですね。

建設当時の価値観から見ても、前代未聞のことだったようで、後に京都に三条京阪駅ができていますが、それ以外に聞いたことがありません。

JR東西線がこの名を嫌って(+場所が海老江地域にあったこともあって)海老江駅としたほどですが、何故この名前に落ち着いたのでしょうか? 気になったので調べてみました。

 

野田阪神のはじまり

そもそも「野田阪神」という名の元となったのは、阪神電車が野田の地に鉄道を通したのがはじまりです。現在でも本社があるほどで、阪神電鉄と野田は100年の歴史があるほどは切っても切れない関係になっています。

松下幸之助がこの地に近い大開に本社を置いていた頃から、阪神電車は走っていたのですね。

 

やがて、この地に大阪市電(路面電車)がやってきます。

 

「野田」と被る可能性

当時の17系統がそれにあたりますが、現在の大阪環状線野田駅近くに既に「野田電停」があったのです。

この電停と混同しないように、また都島の「東野田町」とも差別化すべく、阪神野田駅前に作ったこの電停を「野田阪神電車前」電停として開業させました。

 

その後、地下鉄開業にともなって大阪市電は廃止されますが、駅名はそのまま引き継ぐことになり「野田阪神」駅として開業することとなったのです。

 

文献にも、当時の事情について詳しい経緯が記されています。

地下鉄停留場の南半部は茶園町、北半部は海老江上一丁目にある。茶園町も海老江町もあまり市民に知られておらず、停留場の位置がはっきりしない。野田とすれば国鉄環状線の野田駅近くにあるものと思われ、都島区の東野田(注:京橋駅あたり)とも間違うおそれもある。

そこで一般市民に最も親しまれ、阪神電鉄利用客になじみ深い野田阪神とすることが最もわかりやすく、地下鉄の乗客誘致にも都合がよいということになりこれに定められた。(中略)

地下鉄の名称を野田阪神とすることは一寸奇異に感じられるが、市民にわかりやすく乗客に便利で市民が納得すればよいこと

岩村潔『大阪市地下鉄の歩み』626p,(市政新聞社,1970年)

 

海老江にしなかった理由は、「知名度がなかったから」という理由だったんですね。

例え私鉄の社名を入れようとも、あくまで「大阪市民にとってわかりやすく納得されれば良いこと」が大事にされたという、大阪人らしい合理的なエピソードで好感が持てる一件です。

 


日常や当サイトで取り上げないような他の大阪市営地下鉄の話題ならこちら

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Photo,Writer : Series207  2017/5/15

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