大阪市交通局時代の車両は、長らく起動加速度が地下鉄としては低めの2.5km/h/sに抑えられてきました。
以前鉄道プレスでも書きましたが、この数値は海外はもとより国内電車のスペックとしてもあまり高いとは言えません。
それでも、大阪市営地下鉄では長らくこの数値で据え置かれてきました。いったい何故でしょうか。
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当時車両開発を担当していた、元大阪市交通局で後に近畿車輛へ転職された山中忠義氏が、以下のように言及しています。
昭和30年代、高性能主電動機の出現で鉄道界は高加減速度を競っているかのような感すらあった。このような中で、本当に必要な加減速度はいくらなのかと疑問を持ち, “必要にして十分な加減速度”の検討を始めた。
地下鉄は,駅間距離が短く加減速度の値は特急や急行以上に重要である。そこで, ①駅間距離および走行時分との関係, ②最短時隔との関係, ③消費電力量との関係, ④必要列車数との関係, ⑤乗客の対加減速性との関係等について検討した。(中略)結論として,地下鉄道としての速度,将来の2分ヘッド運転,車両コストと電力コストの最小化等から一定の値を導き出した。この値は,外国の地下鉄に比して小さいとの外部識者の批判もあったが.以後大阪市の標準仕様として自身をもって採用してきた。
出典:JREA 1)
いわば、大阪市営地下鉄は最高速度が70km/h程度と低いため、ブレーキング開始時の速度も低く運転間隔を詰めれることからそこまで加速度は重要視されない、むしろ電力使用量や乗客の負担を考慮すべきである…ということですね。
以上の言及にもあるように、長らく大阪市交通局では「加速度2.5km/h/s」という数値が採用されてきました。
「起動加速度2.5km/h/s」が初めて採用されたのは50系電車で、それ以後一貫してブレておらず、御堂筋線と堺筋線以外の路線区でこの数値が長らく維持されてきました。
起動加速度 | 実際の車両 |
---|---|
2.5km/h/s | 50系・30系・20系・70系・新20系・80系 30000系(谷町線) |
2.6km/h/s | 100形~600形 |
2.8km/h/s | 60系・66系 |
3.0km/h/s | 10系、21系、30000系(御堂筋線)、30000A系 |
3.3km/h/s | 400系 |
(参考) 3.5km/h/s |
ニュートラム歴代車両 |
ただ、実際に2分ヘッド運転が実現した御堂筋線だけは3.0km/h/sが採用されており、2.5km/h/sではややスペックが不足していたことは否めなかった感じですね。
この数値は、将来的な100km/h運転を計画して竣工した10系で初めて現れ、その後21系・30000系と御堂筋線車両のみ3.0km/h/sが維持されてきました。
また、堺筋線では阪急電車と歩調を合わせる必要があったことから、60系・66系共々に起動加速度2.8km/h/sが採用されています。
民営化で変化
しかし、この規格を制定した昭和30年代と異なり、電力使用量を大きく節約できるVVVF制御が当たり前となった平成末期においても、未だ起動加速度2.5km/h/sが維持されていました。
このあたりは「前例主義」を脳死で行う公営企業の悪いクセだったのか、民営化後「公営企業の伝統」から脱却した30000A系では中央線用にも関わらずいち早く3.0km/h/sへ向上。
民営化後の新設計形式第一弾である400系では、起動加速度が3.3km/h/sへと大幅に引き上げられています。
関連リンク
参考文献
日本鉄道技術協会「JREA」、2002年 VOL45 No.1、山中忠義『らくがき帳 趣味と仕事』(元大阪市交通局、近畿車輛株式会社車両事業本部事業統括部)