【コラム】満州国の地下鉄建設になんと大阪市交通局が関与していたことが判明




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かつて日本が中国の土地に国を築いた満州国。その首都である新京特別市という街があります。

新京特別市は、日本の投資で新たな街のインフラを作り上げることになるのですが、新京特別市のメインの交通手段には地下鉄が計画されました。

そして、その技術的指導にあったのは、当時日本国内で地下鉄建設技術の最先端を誇った大阪市電気局(現在の大阪市交通局)の技術部だった、という驚きの話があります。

 

大阪市交通局が最先端の地下鉄集団だった

満州国においては新京の地下鉄道案を急速に決定する事になり、大阪市への依頼があったので
市電気局運輸部長橋本敬之氏は、同局の高速鉄道(注:地下鉄のこと)建設部の光井設計係長(筆者注:光井三郎 氏)、岩田電気係長(筆者注:岩田健夫 氏)以下9人の部員を同行して、8月7日大阪を出発渡満
同25日まで新京に滞在、9月1日帰阪したが、公務会議のため9月12日上京の途、往訪の記者に次の如く語った。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/15-10/15-10-2850.pdf –  新京地下鉄道の建設に就て、『土木建築工事画報』第15巻第10号,1939年10月,141p

 

新京の地下鐵建設計量にあたる大阪市電器局運輸部長兼高速鐵道建設部長橋本敬之、同高速鐵道部設計係長光井三郎、同電氣係長岩田健夫氏らのほか技師、技手一行九名の地下鐵道建設隊は十日早朝人港の「黒龍丸」で来満したが、橋本氏は語る。

(中略)

新京は地下鐵建設の技術的條件が非常にいゝので工事は大阪のやうに苦しまなくてすむと思ふ、建設局の希望は今秋から着工といふものだが私達も買地調査の上その方針で仕事する心算だ

出典:『技術的にも新京は良い』大阪朝日新聞 満州版、昭和14年8月13日

 

 

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1940年より、あの「あじあ号」が走った南満州鉄道の新京駅~大同大街~順天大街~南新京駅を結ぶ地下鉄工事を考えていたようです。

全長13km・全10駅の地下鉄工事といいますから、ちょうど四つ橋線の西梅田~住之江公園ぐらいの距離感でしょうか。

 

戦争で断念

しかしながら、激化していく戦争によって、セメントや鉄などの資材不足が発生したことから断念されたのだそうです。

ましてや、大阪でも戦争の激化で1941年には建設中であった御堂筋線昭和町~天王寺間や、四つ橋線花園町~玉出間をストップさせなければいけませんでした。

もしも地下鉄建設が早ければ、現在の中国・長春で大阪市営地下鉄と同じ規格で作られた地下鉄が走っていたのかもしれませんね。

 

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Photo,Writer : Series207  2015/09/27



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