動物園前駅は、昭和11年に御堂筋線の駅として開業した、大阪メトロの中ではかなり古参な駅にあたります。
書籍「マルコに恋して」において、文献なども含めて詳しく記載しているので細かい経緯については省略しますが、当初の名前は「天王寺公園前」の予定でした。
ところが、天王寺公園に近いのはこの駅よりも天王寺駅だろう、というツッコミが入り、ならばということで動物園前という名前に決まった経緯があります。
「動物園前検車場」にもう少し良い名前を…と言われた結果
この後、昭和44年に堺筋線が開業して当地まで延伸されることとなるのですが、終着駅かつ検車場を設ける必要性があったことから、名前をそのままとって「動物園前検車場」という名前がつけられたのですが、
この際に監督長官より「もっと違う名前はないのか」というクレームが付いたのでした。
そこで、交通局の関係者はこう答えたのだそうです。笑
(動物園前という駅名は)『監督官庁のお役人から、もっと地域全体を表わすようなよい名前はないのかと言われて、ウィットに富んだ交通局の関係者が、それなら「釜ヶ崎」というちょうどよい名前がありますよ、と言ったので沙汰止みになったという話が伝わっている』
『6000が走る 紅いほっぺの電車30年の記録』(1999年12月,大阪市交通局互助組合鉄道研究部)
当時から、東京の「山谷」と共に、「釜ヶ崎」の名は全国的に悪い意味で知れ渡っていたんですね
大阪市長には近藤博夫、中馬馨、大島靖と、長らく左派社会党系(=ざっくり言うと、労働者を大事にする)の立候補者が当選してきたこともあって、大阪のみならず西日本各地の貧困浮浪者を受け入れてしまいました。*1
結果、大阪市が支払わなければならない生活保護費が膨れ上がり、この地の治安が悪くなったことで、結果的に大阪としてのエネルギーまで落としてしまうことになりました。
現在、星野リゾートがこの地にリゾートホテルを建設することを発表しています。天王寺・難波・梅田・USJと各地へのアクセス性が良いにも関わらず、この地は長らく不毛の土地でした。
星野リゾートの影響で、この釜ヶ崎が、そして大阪が元気になれば嬉しいですね。
注釈
*1 これを象徴するものとして、各地の生活保護課が「大阪までの片道切符を渡してたらいまわしにする」という逸話があるほどでした
Photo,Writer :Series207 2017/5/08
Rewrite:2018/06/06