「5桁車番」を昭和時代に付ける構想があった【コラム】

「5桁車番」を昭和時代に付ける構想があった【コラム】

現在の大阪メトロの電車は、全て5桁の車番となっています。

これは新20系から始まった慣行ですが、これ以前は20系や70系など、かつては4桁での車番表示が行われていました。

例えば25系は「25601」、400系は「400-19」という感じで、ハイフンが入るなど多少の変化はあるものの、現在殆どの大阪メトロ車が5桁ナンバーとなっています。
4桁ナンバーは長堀鶴見緑地線・今里筋線のみです。

他社ではあまり見ない5桁車番ですが、実はこの慣行を昭和時代、しかも戦後すぐの1961年(昭和36年)に施行しようとしていた話を見つけたのでご紹介します。

 

中央線開業時に検討

1961年といえば、中央線が初めて大阪港~弁天町間に開業した年です。

 

出典:大阪市交通局『大阪市交通局七十五年史』

この際に増備された車両を6000型といいますが、この6000形導入時に4桁ではなく、5桁の「60001」にしようという動きがあったそうです。

これは、当時の回顧録である6000型の資料にて掲載されています。

現在の新鋭車両はすべて5桁の車両番号がつけられているが、実はこの6000型を作るとき、車両課では6001号車ではなく、60001号車とすることを提唱していた。それは将来の大量増車に際して、同系統の車、特に5000-5500型のユニットカーの100編成以上作ることを考え、こちらの方も将来改番するという含みを持た提案であった。もちろ(原文ママ)最初の2桁で型式を、後の3桁で一連番号をというわけである。

出典:1)

基本的な考え方は現代の新20系と変わっていませんね。いわば当時の思想がそのまま新20系に受け継がれたとみるべきでしょうか。

 

断られた現実的な理由

結果的に大量増備が行われた50系(5000型)も、そして新20系の先輩格である30系も4桁ナンバーを維持したままとなったのですが、これには割と現実的な事情がありました。

この提案、運輸側からあっさりと断られた。書類などに車両番号を書き込む機会が技術部よりも圧倒的に多い運輸としては、数字が一つ多いか少ないかも日々の業務の上で無視することができず、どうしてもそうしなければならない時がくるまでは見送っていただきたい(中略)

事務機械が今日のように気軽に使えるわけではなく、大部分を手作業に頼っていた時代で、無理もない話だと諒解したわけである。

出典:1)

現代でこそパソコンがあるので入力はボタンを1つ増やすだけで済みますが、当時は全て手作業の文字記録。

各種申請書や車両台帳…などなど、膨大な書類作業を行う側としては、1つでも数字を省略できた方が楽になるのは言うまでもありません。

5桁車番は大阪メトロ(1990年登場の新20系)の他、東武鉄道が比較的早期(1983年の10000系)から採用していますが、あちらは事務作業が大変にならなかったんでしょうか…。

 

 

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参考文献

  1. 大阪市交通局互助組合鉄道研究部『海を見ていた地下鉄電車 6000と6100型』,辰巳博



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