【コラム】平松邦夫 元大阪市長の手で80年ぶりに開かれた「なんばekimo」

出典:平松邦夫公式サイト「翔の会」より <https://khiramatsu.com/>

大阪市営地下鉄のエキナカ事業として「ekimo」が難波にオープンしていますが、この先鞭を切ったのは平松元大阪市長です。

 

しかしながら、この地への地下商店街の計画は、実は80年も前に既に立案されたものでした。

既に建築工事までが終わっていたにも関わらず、当時の価値観からは先進的過ぎて受け入れられず、撤回された経緯があるのです。

 

当時を探る

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時は昭和モダンから戦時へと時を移しつつあった昭和13年。

書籍「マルコに恋して」にも記載していますが、難波駅の建設計画では、これまでの淀屋橋駅・心斎橋駅のような大きく広々とした駅構造はやめ、駅全てにわたって中階を設けた構造になりました。この中階部分に、先進的な地下商店街を作ろうと計画していたのだそうです。

建設当時の新聞にも、このように記載があります。

「難波停留場は南海難波驛と聯絡(連絡)、同停留場の中二階には酒落たる賣店(売店)が出現することゝなつてゐる」
―『大阪毎日新聞』(昭和8年5月21日,13面)

 

しかしながら地下商店街の為にトンネルを建設したまでは良かったものの、その話がわかると戎橋筋商店街を筆頭とする近隣商店は猛反対。

「商売あがったりだ!!」「換気が不十分で不衛生だ!」などなど、かなりのいちゃもんをつけて撤回させることとなりました。

 

時は流れて2010年

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80年後の2010年、当時の平松市長がこう指示を出したのだそうです。

累積赤字の解消が具体的に見えた平成22年には交通局の担当者と駅ナカ事業への取り組みについて、実際に図面などを見ながらどの駅に展開できるスペースがあるのかなど検討し推進を指示した記憶があります

平松邦夫 Twitterより

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当時は先進的過ぎて全く受け入れられなかった地下商店街。この地が再び「商店」として機能するまで、80年もの歳月がかかったのでした。

平松元市長の手によって、ようやくその計画を日の目を見る事ができたのですね。当時の関係者は、これを見て何を思うのでしょうか。

 

ちなみに

当時のことは平松元市長は知らず、たまたまの偶然だったようです。笑

 

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Photo,Writer :Series207   2016/12/25