【記録写真】かつてあった「布施操車場」とは?写真で当時を振り返る

【記録写真】かつてあった「布施操車場」とは?写真で当時を振り返る

昨日に続いて「かつてあったシリーズ」第2弾。

現在12号系統の終着地は布施駅前ですが、かつては「布施三ノ瀬」という地が終着地であったことをご存知でしょうか。同じ布施でも全く場所が異なった位置にあります。

 

 

大きな「布施操車場」

布施三ノ瀬」バス停。所在地は東大阪市岸田堂北町です。隣の「小路東5丁目」バス停は大阪市なので、1つだけ越境していることになります。

 

布施三ノ瀬バス停の先にあった「布施操車場」。看板が出ていなかったので当時は正式な名前がわかりませんでしたが、後に示された資料によると布施操車場が正しい名前のようです。

 

操車場……とはいうものの、実質的にこの地に乗り入れているのは12号系統(布施三ノ瀬~あべの橋)の1本のみ。

このバスも1時間に2本程度の、のんびりとした路線です。

 

あっ、時間になったのかバスが出庫してきました。

門前をぐるーっと左折する12号系統。ローアングルで撮影すると迫力ありますね。

 

…と、出た先で次の12号系統がやってきていました。この狭い道でよく対面通行できますねぇ…

 

そしてまたこの操車場で出発を待つのでした。

 

バス停の墓場

布施操車場の末期には、使用されなくなったバス停が一挙に集まってきていました。

そのバス停も多種多様で、一般的なバス停や…

赤バスタイプのバス停。

 

定期観光バス「にじ号」のものまで!

 

更に、先程のピット内でも電照タイプのバス停が寝転されて置かれていました。

まさに、バス停の墓場といっても過言ではありません。

 

 

現在は住宅に

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布施操車場は1940年6月に市バス車庫として開設され、2013年3月末をもってその歴史に幕を下ろしました。現在は更地化されて「オーベルジュコート岸田堂」という分譲住宅が建っています。

現在から見てもかなり大型の操車場なので、かつてはもう少し様々な系統のバスが走っていたのかもしれませんね。

ぶっちゃけここはかなり不便な地にあり、布施駅に接続している現在のルートの方がよほど利用しやすい路線となっています。

 

この布施操車場は最初に訪れた印象が強かったからか、その後何度も訪れた場所でした。

当サイトにおいても、その進捗状況を過去に何度もご紹介していますので、以下のリンクから当時の記事をあわせて御覧ください。

 

 

関連リンク

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