【コラム】幻の大阪市交通局博物館構想「交通記念館・大阪乗り物おもちゃ箱」について調べてみた

【コラム】幻の大阪市交通局博物館構想「交通記念館・大阪乗り物おもちゃ箱」について調べてみた

現在マルハンとドンキホーテ新世界店が建つ、動物園前駅近くにある元大阪市電霞町車庫の敷地。

ここにはかつて大コケしたフェスティバルゲートがありましたが、あわせて大阪市交通局による博物館「大阪乗り物おもちゃ箱」構想があったことをご存知でしょうか。

 

交通記念館(ミュージアム)構想

かつて弁天町には、交通科学博物館という鉄道博物館がありました。これと同じようなものを、大阪市交通局版として創る構想がありました。

1995年6月29日・30日に開催された大交(だいこう、大阪市交通局の労働組合の名前)第51回定期大会において「市営交通事業の発展過程をテーマとする記念館の建設について」という話が出てきます。

100周年のメモリアルに向けて歴史を重ねつつあります。この歴史を持つ組織として、長い年月にわたる先人の努力、技術の発展、事業の変化等々をあらわす諸資料、歴史的器材、さらには市営交通事業の先端技術等を広く市民に展示することによって、より一般市民の足としての親近感を強め、ひいては地域の文化的施設を提供することとなる「記念館施設」を保つ必要があると考えます。

出典:『大交六十年史』 公営交通研究所著、2005年11月

 

いわば大阪市営地下鉄・市バスなどを含んだ「交通博物館」構想は、2003年大阪ドームにて行われた「大阪市交通局100周年イベント」において、まずは期間限定イベントとして開催されました。

このあと恒久施設としての具体的な検討に入り、フェステイバルゲートの1階・4階・5階の空きスペースに、展示関連6億円・運営関連年4億円を使って、2003-2004年頃の開館することを目指していたようです。

当初の開場計画地は大阪市交通局の本局がある境川・岩崎橋周辺だったようですが、既に当時経営難に陥っていたフェステイバルゲート救済の意味もあるのか、霞町(動物園前)へと変更されています。

 

大阪乗り物おもちゃ箱構想へ

フェステイバルゲートの運営が危機的状況になってきた2004年、当初1・4・5階の空きスペースに…としていた交通博物館(ミュージアム)構想は、フェステイバルゲートを一棟まるまる借りて複合型商業施設「大阪乗り物おもちゃ箱」構想として再オープンさせるという計画へと変更されはじめます。

この時点で「博物館」から「複合型商業施設」へと業務形態が大幅に変わります。

当時の文献によると、手芸・音楽をカテゴリーとした複合型商業施設とし、大阪市交通局の主宰する「交通記念館」は5階フロアにもうけ、あわせてこのフロアに地下鉄や大阪の町並みのジオラマを展示するとされていました。

 

構想断念

ところが、この「大阪乗り物おもちゃ箱」構想にマッチしないテナントの退店事業が期限内までに進まなかったこと、また、この当時の大阪市交通局の財政状況があまりよくなかったこともあって、博物館でも初期開設に6億、年間4億のランニングコストが必要とされたこの構想は頓挫してしまうのでした。

一部では「5階フロアに地下鉄車両を乗せると耐荷重が低く耐えられないから断念した」という話もあるようですが、私が調べた限りではそのような記載がある文献は見つかりませんでした。

 

大阪市営地下鉄・Osaka Metroファンの私としては一度見てみたかった気もしますが、出来たら出来たでおそらく「税金の無駄遣いだと叩かれていたのかも」と思うと、ちょっと複雑な心境です。

現在、大阪市交通局を記念する市電・トロリーバス・地下鉄・ニュートラム車両は緑木検車場と森之宮検車場に分散して保管されていますが、このミュージアム構想はそれらを一堂に会して展示できる千載一遇のチャンスだったのかもしれません。

 

動物園前にあるマルハン新今宮店(元交通局用地)の経緯メモ

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